会社情報

山梅のあゆみ

造園という分野においては、数々の実績を積み上げてきている「株式会社山梅」ですが、今日に至るまでのその「あゆみ」は、順風満帆だったわけでは、決してありません。高度成長期、バブル崩壊、平成の不況など、様々な状況の中で、試行錯誤、紆余曲折を繰り返しながら、現在の「株式会社山梅」になる事が出来たのです。
あゆみ

受け継がれた「教え」

株式会社山梅の前々身である山梅農園は、個人事業形態である時より、東京オリンピック、大阪万国博覧会への樹木納入など、その後の株式会社山梅の礎となる大きな仕事に携わって参りました。しかし、それはただ単に「運が良かった」という事を意味しているのではありません。そこには、先代社長山田梅二郎から、現会長・山田忠雄へ受け継がれた「教え」と、決して弛まぬ企業家としての努力があったからこそです。
受け継がれた「教え」

事業基盤の拡大

そのような「教え」と「努力」を継承しながら、経営を続ける「山梅農園」は、昭和47年に、県知事登録を取得。許可業者となり、群馬県より初の公共工事を受注します。また東京都内の駒沢公園の植栽に携わるなど、徐々に、県内外共に、事業基盤を拡大してゆきます。
事業基盤の拡大

大きな転換期

そんな時、昭和51年、株式会社山梅は、大きな方向転換期を迎える事になります。現会長の山田忠雄が代表取締役に就任。資本金一千万円の株式会社に改組します。事業も、樹木生産と造園工事を両輪とした事業を展開し、工場立地法、群馬県内への大手企業の進出など、追い風にも乗りながら、事業を着々と拡大します。

ゴルフ場建設のノウハウ

バブル好景気に沸く、昭和50年代後半には、ゴルフ場の建設ブームが沸き起こりますが、以前より、ゴルフ場の建設に着目し、そのノウハウを学び、また人脈作りに尽力していた甲斐があり、県内外の50を超えるゴルフ場の建設に携わるようになります。

土木事業からの独立

また、株式会社山梅を語る上で忘れてはならないのが、自社事業以外にも、造園業全体に関するムーブメントに、貪欲に取り組んでまいりました。現会長・山田忠雄は、昭和50年代、それまで「土木事業という大樹の一葉」という認識にすぎなかった造園業という概念、そして事業自体を、土木事業から独立させる事にも成功致しました。

株式会社山梅の国際交流

また、株式会社山梅は、国際交流にも積極的に取り組んでまいりました。ブラジルの熱帯雨林の保全を目的とするNPO法人「アマゾン群馬の森」の設立に尽力しております。その功績が認められ、会長・山田忠雄が群馬県より表彰、また平成20年には、佐藤国際交流功労賞を受賞致しました。
株式会社山梅の国際交流

創立70周年を迎えて

2011年、株式会社山梅は、おかげ様で、創業70周年を迎える事が出来ました。
現在、株式会社山梅は、県内外への支店の開設、都心部のヒートアイランド対策の為の屋上緑化事業など様々な分野の事業へも参入しております。

これらは、すべて会社創設時より一貫してきた「経営努力」と、非常に数多くの貴重な協力者の皆様との出会いなど、多くの礎があったからこそと言えます。

~100年企業を目指して~

現在、株式会社山梅は、樹木生産から始まり、企画設計・植栽工事・緑地管理・生物多様性や里山再生まで、一貫体制を構築しながら2041年、創業100周年を迎えたとき、変わらぬ理念とより強いお客様との関係を築いていることを願い、時代とともに変化・成長していく株式会社山梅の発展をどうぞご期待頂ければ幸いです。